進んでも休んでも無気力

最近ほんとうに起きるのがつらい。(まあ、起こされるので普通に起きるけど。普通に過ごすけど。そこが出来ないほどではない)

起きてもまた同じ、けだるい1日の繰り返し。離乳食作って掃除して、産んでは消費し、動いた私の息切れだけが残る。

私だってこうなりたいわけじゃないのに、疲れた~て口に出すことしか能がない。割と、きてるのかもって思うし、キテルふりをして構ってほしいだけなんだとも思う。

おそらく刺激を求めているんだと思う。

刺激を求めているけど、それを探しだすだけのアンテナとエネルギーがない。

どんどん腐っていく。目の前の娘にばかり投資をして、娘は成長してくれているけど(それが何よりも救い!)自分自身は何も変わっていないんだもの。

 

休んだ方がいいのかもしれないけど、休んでやりたいことがないので、それを何をするか考えるのが本当にめんどくさい。ずっと休んでいるようなものなのに。

 

今までの感覚からいうと、多分必要なのは休むことよりも動くこと。
けど、動きまわるには身軽さが足りない。ちょこっと散歩行けば治るならとっくにしてるけど、それくらいじゃなにも変わらない、心の底にじとーっと何かが溜まってしまった。

結局のところは自己肯定感につながると思うので、何か動いて達成感を味わえるようなことをしたいんだけど、当たり前だけど成果を出すには腰を据えて努力しないといけない。その努力をしたい意欲をどこかに忘れた。

 

旦那さんが自由に動いているように見えて、どうしても恨めしく思ってしまう。本当は無尽蔵に努力をして家族のために頑張ってくれていて、その重ねで成果を出してるし息抜きするだけの資格は十分すぎるくらいにあるのに、

比べてしまって何もない自分に落ち込み、その矢印が相手に向いてしまう。娘に向かうことは本当にないんだけど、旦那さんにはいいなあって気持ちが充満してしまう。ゴメンネ。

 

こんなふうに書いてもどうにもならないし、それよりは「出かけたい」「休みたい」「働きたい」とか自分の要求をちゃんと提案できればいいんだけど、

それが何も浮かばない。休んだところで、出かけたところで、何も変わらないとおもってしまう。

でも吐き出しとかないといつか噴火したり、しらない間に塊が大きくなってしまいそうなので、とりあえず外に。スピークアウト。

 

自分はどうしたいか、だれか私の心に聞いてくれませんかね